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オーストラリアに吹き始めた風

総選挙で野党の労働党が大勝利した原因、ケビン・ラッド次期首相、アジア系の女性大臣ペニー・ウォン議員、イスラム教女性でライフセーバーとして活躍するメッカ・ラーラさんについて。

オーストラリアは日本とは逆に次第に夏めいてきた。気温は20度台の後半であり、メルボルンでも時々30度を越えるようになった。前庭にある10m近いジャカランダの木が、紫色の花をたっぷり付け始めた。これは例年よりも1ヶ月くらい早い感じだ。温暖化現象の影響かもしれない。いずれにしても、この花が咲き始めると夏が駆け足でやってくる。

先週の土曜日に総選挙が行なわれて大変革があった。まだ人々の間では総選挙の酔いから醒めない状態が続いているようだ。最大野党だったオーストラリア労働党が、政権党の保守連合に圧勝した。11年半にわたって政権の座にあった保守連合のジョン・ハワード首相が退陣して、労働党の指導者のケビン・ラッド氏が政権を握るという大きな地殻変動があった。オーストラリアは小選挙区制で二大政党制が確立している。そのため、有権者の中で政権不信が高まると少しの支持率の変化で政権交代が起こることがある。今回の選挙でも、労働党の方へ動いた票は全国平均でわずか6%くらいだった。多くの選挙区において数%の票の揺れで議席交代が起こるので、現職の議員も安心はしていられない。

労働党の最大の勝因は、政権に就いていた保守連合が強行した雇用法の改定のためと言われている。ワークチョイスとよばれる新しい労働慣行を設立して、雇用者と被雇用者が個々に契約を結んで雇用の柔軟性を確保するという触れこみだった。しかし、実際にふたを開けてみると、どうしても雇う側の方が雇われる側の方よりも交渉の過程で力を持ちがちであり、会社側の事情で労働者が短期契約をさせられたり、簡単に解雇されたりするケースが増えることが非常に大きな問題となった。そのため、一般の勤労者の間から不満の声が絶えなかった。この新しい法律は、オーストラリアで大きな権限を持っていると言われる労働組合の力を弱めるために施行された面もあったので、全国の労働組合が一斉に保守連合政権打倒のキャンペーンをはったということも大きな影響を持っただろう。さらに重要なことは、小さな商店を持っている人や、職人、パートタイマー、派遣労働者、ブルーカラーの一部など不安定な職場で働く人たちが、ハワード政権に怒りの矢を放ったと広く言われている。これらの人たちはバトラーズ、「暮らしを戦う人たち」とでも訳すのだろうか、とよばれている。バトラーズは保守政権を支える層だったが、新しい雇用法の下で非常に苦しい立場に追い込まれて、ハワード首相に一種の意趣返しをするため野党に投票したとされ、弱者による復讐だったという分析が専らである。こういった情勢の中でハワード首相自身が落選するという事態が起こった。戦後2番目に長く政権を握った力のある政治家であったけれども、屈辱のうちに政権の座を去ることになる。首相が落選したのは80年近く昔の1929年の選挙以来、連邦政治史上2度目になる。

新しい政権を担うケビン・ラッド氏は50歳という若い政治家である。労働党の指導者はこれまで労働組合出身の人が多かったが、彼は外交官出身であり、中国語を巧みに話す中国通として知られている。北京のオーストラリア大使館にも勤務した経験がある。長女は中国系の男性と結婚している。妻のテレイズ・ライン(Therese Rein)は金融関係の仕事で大成功している人だ。こういう最近の華やかな経歴とは裏腹に、ラッド首相は11歳の時に父親が死亡して、その後数年経済的に苦労したと言われる。普通の家に住むことができなくて、キャラバンという車で曳いて走る移動式住宅の中で暮らした時代もあるということだ。また、敬虔なキリスト教徒であり選挙運動中も車の中で時折、聖書を開いて読んでいたという人物である。

これまで保守連合の中でも特に右派的傾向の強かったハワード政権とは対照的に、今回登場したのは穏健で実務的な革新政党による政権となる。ラッド首相が次々に発表している政策を見ると、選挙の争点だった雇用法の見直しは当然として、アメリカとの同盟関係は維持しながらもイラクから軍隊を段階的に撤退させるということも公約している。また、前政権が拒み続けてきた京都議定書の調印にも踏みきり、環境問題でも方向転換を図るようだ。また、重要なポストである気候変動および水問題の担当大臣にマレーシア出身の39歳の女性であるペニー・ウォン議員を起用したことも注目されている。ラッド内閣のアジア系の顔になりそうである。アボリジニとの和解も日程に上がっていて、ハワード前首相が拒否してきた正式な謝罪も時間の問題で行なわれるようだ。イラクからの撤退や環境問題における京都議定書の調印などは、国際的にも大きな影響を持つのではないかと思われる。

イスラム女性の水難救助隊員が生まれた。イスラム教徒の女性でオーストラリア初の海岸救助隊のメンバーとなったメッカ・ラーラさんという人が注目を集めている。オーストラリアには色々なビーチがあるが、主な海岸にはライフセービングクラブと言われる水難救助のためのボランティアクラブがある。これから夏になると海岸の各所で見張りを続け、溺れそうになったり危険な目にあったりしている人を発見すると直ちに出動して救出する。ライフセーバーたちは夏の風景の象徴とされ、その大半は屈強な白人で金髪で筋肉隆々のアングロサクソン系の男性というのが典型的なイメージだった。最近ではアジア系の人たちもライフセーバーとして活躍する姿を目にするようにはなっていたけれども、イスラム系の人はこういった文化とは程遠く、まして普段頭にスカーフをかぶっている女性が活動に参加することはなかった。しかも、メッカさんがライフセーバーの資格を取って活躍しているのは、いろいろな点で有名なクロヌラ(クロナラ、Cronulla)というシドニー郊外のビーチだ。ここは、2005年に白人とイスラム系の若者が対立して人種暴動に発展した地域である。路上に駐車してあった車が壊されたり、殴り合いが起こったりして、オーストラリアではあまり例のない民族間の対立から暴動沙汰が起こったいわく付きの場所だ。そういう事件を経験した両方の若者達が、お互いの誤解や思い違いを見直す集まりを何度か開いた後、ビーチの象徴であるライフセーバークラブへイスラム系の若者も参加しないかと誘いがあった。手を挙げたのはほとんどが男性だったけれども、メッカさんも思い立って参加することにした。彼女はセーム・ウェーブ(同じ波、same wave)プログラムというものに参加し、体を鍛え救助法を習って17人の合格者の1人となった。彼女は21歳であるが、ブルキニ(ブルカとビキニ)と呼ばれる頭巾付きのウェットスーツを着用し、ノースクロヌラ・ライフセービングクラブの一員として白人男性などと一緒にビーチで水難警戒にあたり始めている。オーストラリアのビーチ文化にも新しい風が吹き始めたことを身をもって示している女性ということができる。CNNやアルジャジーラ、ニューヨークタイムズ紙の取材も受けているようで海外からの関心も集めている。
30日放送オーストラリア・メルボルンから杉本良夫さんのレポート

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